広辞苑に関するニュース
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【井崎脩五郎のおもしろ競馬学】「あの馬、マジやばーい!」MSN産経ニュース広辞苑にも、「やばい=不都合である。危険である」と出ている。 ところが、ご存じのとおり、最近の若者は、このやばいを、「すごい」「きれい」「おいしい」といった意味で使う。 なんでそんな使い方になってしまったのだろうと思っていたところ、競馬風俗研究家の立川 ... |
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発信箱:ねじれ=福本容子毎日新聞未練がましい」(広辞苑)。「難局に身を挺(てい)して立ち向かう勇気に乏しくて、危険や困難に出会うとすぐくじけてしまう様子」(新明解国語辞典) 「女々しい」の定義だ。くよくよするのは女、を前提にしているから普通、男に向けて言う。少なくとも平安時代からある ... |
広辞苑旅行記
リガ→タリン (05/10/20-21)(by okamoさん)
2005年 ヨーロッパの旅【2】
20日はバスを使ってリガからエストニアの首都タリンへ向かうことに。6時間弱の道のりです。
リーガを出て2時間でラトビアとエストニアの国境。バルト三国は2004年5月にEU加盟を果たしたけれど、国境でのパスポートチェックは行われています。まあ、写真を見てスタンプ押してくれる簡単なものだけどね。しかもEU在住者はスタンプさえ押されないみたい。
エストニアに入って二時間ほどたった頃、今どこだろうと思いながら地図を広げバスの外を見回しているとスウェーデン人の女性が現在地やタリンまでの距離を教えてくれました。
彼女はタリンから船でストックホルムへ帰るとのこと。以前日本に行ったことがあって、生け花や盆栽に興味をもったそう。いろいろ日本のことについて話していると、そのとき盆栽と似たもので石や水を使った“Boncheki”とか“Bonchi”みたいなのがあったけど分かる?と聞かれました。まったく分からない。というか聞いたこともない。一旦は「分からない」と答えたけど、電子辞書でいろいろ推理しながら調べてみると“盆石”と“盆池”という言葉が見つかりました。
盆石・・・盆の上に自然石や砂を配置して風景を創作し、その風趣を味わうこと。
盆池・・・小さな池。 【広辞苑】
盆石の方は彼女が話したものそのものなんだけど、盆池についてはよく分からない。でもきっと盆石のようにしてつくった小さな池が盆池なのだろうと勝手に解釈して納得してみました。そして「きっと“盆石”と“盆池”だよ」「この漢字はこういう意味があって…」と電子辞書片手に説明したんだけど、よかったのかな?
誰か“盆池”あるいは“Bonchi”について知ってたら教えて下さい。
彼女と話していて出た別の話題が「スウェーデンではSUDOKUが流行っている」ということ。“SUDOKU”とは“数独”のことで、ナンバープレースとも言われるこんなパズル。もともとは海外で作られたものだけど、日本で“数独”の名で紹介され、その後さらに“SUDOKU”となって海外で紹介されたんだそうです。この旅に出る数日前に“ヨーロッパで数独が大ブーム”って記事をネットで読んだけど、身近なところでその話題に触れるとは思わなかったですね。聞くところによると新聞に載ってるから毎日暇つぶしや頭の体操のためにやっているんだと。彼女に「“SUDOKU”はどう発音するんだ?」とか「どんな意味?」とか聞かれたけどさすがに答えられませんでした(帰ってから調べたところ、“数字は独身に限る”という意味らしいです。よく分かんないなぁ。)。
この後ヨーロッパを回る中で確認してみたけど、街で配っている新聞には数独が載っている物が多かったですね。本屋やキオスクのパズル誌コーナーには表紙に「SUDOKU」と大きく書かれた本が何冊も並んでいたし、本当に流行っているみたいでした。
そんなこんなで夕方にタリン到着。
そして21日はタリンの街を散策。
ちなみにタリンは13世紀にデンマーク人が築いた城を中心に発展したそうです。“タリン”とはエストニア語で“デンマーク人の城”を意味するんだとか。
【旅行時期】2005/10/18~2005/11/17
【エリア】
タリン
【テーマ】
【投稿者】
okamo
京都で見つけた(etc.) (5)(by グッチさん)
広辞苑によれば、『可愛い』とは小さくて美しい物だそうです。そんな可愛いものあれこれです。
てれーっと散策☆若松バンドはオヤジバンドに非ず。いわゆる外灘なのです。前編(by ARICさん)
数年前から、北九州市若松区で”若松バンド”と言う言葉を見かけるようになりました。
てっきり、ジャズやロックのオヤジbandかと思いきや、東洋の港市の海岸通り・船着場(広辞苑)を意味する”BUND”のことでした。
上海観光で必ず連れて行かれるあのバンド(外灘)と同じです。
北九州でレトロと言えば”門司港レトロ”が有名ですが、BUNDのオリジナルな景観が残る港湾都市は、日本ではここだけだそうです。
てれてれ歩いて来ました。
2006年ハンガリーとルーマニア旅行第5日目(5)ケストヘイ:フェステティッチ宮殿のトロフィー博物館(by まみさん)
2006/10/12(木)第5日目:ケストヘイ
バラトンフュレド発8:22のバスでケストヘイ着9:42
フェスティテッチ城(ハンガリー第3の城)見学
人形博物館、刑罰博物館、中央広場の夜景撮影
フェステティッチ宮殿内を12:10から13:00まで見学しました。
その後、宮殿の庭のベンチで日記を書きながら30分休み、さらに30分ほどフェステティッチ宮殿の写真を撮ったりして過ごしました。
ケストヘイでどうしても逃したくないハイライトのフェステティッチ宮殿の見学できたので、後は何をしてもいいや、という気分でしたから。
しかし、宮殿を出て街に戻るにしても、その前に裏庭の方も少し散歩しましょうか。
と思って宮殿の真ん中の通路を通って裏庭に向かったところ、「トロフィー博物館」の看板を見つけました。
時間があるので入ってみるとしましょう。
入場料もきっとそんなに高くないでしょうし、逆に高いとしたら、それだけ見応えのある博物館と期待できるでしょう。
と思ったら、これは宮殿の入場料に含まれていた博物館でした。
それにしても、トロフィー博物館。
ふむ、トロフィーね。
フェステティッチ宮殿の住人が、何かたくさん表彰してもらったりしたのかしら。
ううむ、トロフィーなんか見ても面白いかしら。
ああ、でも、もしかしたら宝飾品みたいにとっても凝ったトロフィーがあったりするのかしら。
それはぜひ見たいかもしれません。
表紙の写真は、トロフィー博物館の案内板です。
なんだか妙なシルエットが描かれています。
これは一体、なんでしょう。
花びらに見えます。
鼻の長い、あの象にも見えます。
トロフィーって、こんなシルエットのものもあるんでしたっけ?
※トロフィー(trophy)
【広辞苑より】競技などの優勝・入賞記念品。装飾を施した杯・盾など。
【新明解国語事典より】優勝杯。
【ジーニーアス英和・和英辞典より】
(競技などの)優勝記念品、賞品、トロフィー
【リーダーズ英和辞典より】
1《勝利の記念に保存する》戦利品、狩猟記念品《ライオンの毛皮・鹿の角・獣の頭など》。勝利(成功、技量)の記念品。《特に》トロフィー《カップ・盾・メダル・月桂冠など競技の勝利者に与える記念品》。《一般に》記念の品。
2a《古ギリシャ・古ローマ》戦勝記念碑《本来は敵からぶんどった武器・戦利品を戦場の木や高みに立てた柱に掲げて碑となしたもの》。
2b《メダル表面などの》戦勝記念碑の彫像、一群の武器をかたどった建築装飾。
【旅行時期】2006/10/12~2006/10/12
【エリア】
バラトン湖
【テーマ】
【投稿者】
まみ
Romania in 2006 vol.2 〜五つの修道院〜(by babyananさん)
とうとう、やってきました♪♪♪
ブコヴィナ地方に点在する修道院。
一つ一つ回るのは時間的にとてもリスクが高いので、車を一台チャーターして5つの修道院を回りました。ドライバーはあくまでドライバー〜ガイドがいないのはちょっと残念でしたが、ガイドブックでカバーしました☆
修道院はたくさんありますが、その中でフレスコ画が描かれたものは、ここブコヴィナ地方には現在8つ。そのうち比較的保存状態のよいものが5つです。
これらのブコヴィナ地方の教会が建てられたのは、モルドヴァ公国の黄金期、16世紀のころ。つまりオスマン朝の最盛期でもであり、モルドヴァ公国も例外なくそれによって脅威にさらされます。(最終的には、ワラキア公国・モルドヴァ公国ともに、オスマン朝に従属することとなりました。)
そのような中で、兵士や労働者の、宗教的にも拠所となったこれらの教会群。
読み書きの出来ない彼ら(兵士や労働者)は教会に入れず、またスラブ語の礼拝式文なども理解できず、そんな彼らのための教育・娯楽、そして関心を刺激するために、聖書の内容が漫画スタイルで教会の壁に表現されました。
太陽の光を神が放つ光と捉え、すべての教会は東を向いています〜西側が入口になります。
壁いっぱいに描かれているのは現地の風景ではなく、写実的な描写による人々の姿です。
いくつかのフレスコ画は、何世紀にも亘る厳しい天候によりもちろん損傷を加えられてますが、特徴的な色は未だ十分に保たれています。
〜Sucevitaの緑、Voronetの青、Humorの赤。。。
その後、1785年にブコヴィナ地方はハプスブルク軍に占領されます。ほとんどの修道院は閉ざされ、人々はその精神・信仰を手放すことを強いられました。と同時に、共産主義の下で迫害されていきます。
けれど。
この地域の人々の内に秘められたなにかが表面化するのは、もっと後になってからです。
教会の、内壁だけでなく外壁いっぱいを埋め尽くすように描かれたフレスコ画。
このような背景を考えると、なぜか切ない感じを覚えましたね。。。
フレスコ:fresco
西洋の壁画に用いる技法。漆喰を塗って乾ききらないうちに水彩絵の具で描く。石灰の層の中に絵の具が染みこんで乾くため堅牢。(広辞苑より)
写真は、Voronet修道院より
「最後の審判」
参考書籍:「旅名人ブックス87 ルーマニア」(日経BP)
広辞苑とは?
『広辞苑』(こうじえん、歴史的仮名遣い:くわうじゑん)は、岩波書店が発行している中型国語辞典。昭和初期に『辞苑』(じえん)(博文館刊)として出版。『辞苑』の改訂作業を引継ぎ、第二次大戦後新たに発行元を岩波書店に変え、書名を『広辞苑』と改めて出版された。日本で最も有名な国語辞典の1つである。
広辞苑の出発点となる素案は、大正末期から昭和初年にかけ、民族・民俗学や考古学の名著を多数世に送り出した岡書院店主、岡茂雄による。1930年(昭和5)末、不況下の出版業が取るべき方策を盟友岩波茂雄に相談の折、「教科書とか、辞書とか、講座物に」力を注ぐべしとの助言を得て、中・高生から家庭向き国語辞典刊行を思い立ち、旧知の新村出に依頼したのが発端となる。当初、新村は興味がないと断るも、岡の重ねての依頼に不承不承引き受ける。その際、新村の教え子の溝江八男太に助力を請い、その溝江の進言により百科的内容の事典を目指す事となる。書名は、岡が新村の為に企画した、長野県松本市での「国語講習会」での懇談の席上、新村考案の数案の中から決められた。「辞苑」とは、東晋の葛洪の『字苑』に因んだもの。
広辞苑の詳細
広辞苑の画像